杜氏と蔵人
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松の花では冬の11月頃から酒造りが始まります。酒造りが始まると3月に終わるまで休み無く酒造りをするのが杜氏(とうじ)と蔵人(くらびと)です。
杜氏が酒造りの全ての指揮をとり、杜氏のもとで蔵人が一丸となって酒造りをします。
杜氏の紹介 向 守三郎(能登杜氏)
滋賀の能登流を伝える
私は高校を出てから酒造りの手伝いに行くようになりました。今、滋賀県の酒蔵に行っていますが、最初も滋賀県からでした。旭日さんにお世話になりまして、はじめは飯炊きの仕事から始まりました。最初の2年はずっと飯炊きでしたね。
それから愛知県の知多半島の酒蔵に行き、そこでは広島から来た杜氏さんのもとで19年仕事をさせていただきました。それから地元に戻り、中能登の御祖酒造で17年間仕事をしました。その後は転々とするのですが、福井で3年、その後に滋賀県に戻ってきました。杜氏になって23~24年ぐらい経って、70歳になったところです。
歴史的に、滋賀県には能登杜氏が多かったんですが、最近は少なくなっています。
伝統ある能登杜氏の看板に恥じない仕事を
酒造りは、いわば人様の財産を預かるわけですから、責任は重い。我々の仕事は冬の間の数ヶ月のことですが、酒造会社にとっては1年のことです。やはり、能登杜氏の看板に泥を塗らないように努力しています。能登の伝統を支えに仕事をしているわけです。
日本国内に“杜氏のふるさと”と呼ばれるところがいくつかありますが、酒造りそのものは特にどの地方の杜氏なのかによって、大枠でそんなに変わりません。しかし、杜氏の性格傾向はあります。
私が付いた中では、広島の杜氏は人を使うのが上手でしたね。私の場合、能登の人を使えるようになったのは、自分が杜氏になってからです。
酒造りを構成するのはシンプルな、技の世界
杜氏が責任者といっても、それぞれの造り酒屋の方針や酒の質がありますから、実際には極端に変えることはできません。杜氏が変われば酒質も変わりますが、そのことを会社がどのように評価してくれるか。いろいろ工夫していますが、なかなか変わったものを作れない。
日本酒は、「米」と「酵母」と「水」で出来るもの。あとは「人の技」です。この「人の技」をなかなか評価してもらえない。努力していても難しいことです。
一糀(こうじ)、二酛(もと)、三造り
米の毎年の出来によって、酒の仕込み方が異なります。杜氏はそれを変えていかないといけません。米が硬いと、蒸した米に酵母が入りづらくて、溶けにくくなる。そのようなことを経験的に学ぶと同時に、先に仕込んでいる杜氏に教えてもらい、仕込み方を工夫していくこともあります。つまり、酒造りの技術はもちろん大事だけど、そのためにも人間関係もまた大事です。
「一糀(こうじ)、二酛(もと)、三造り」という酒造りの言葉があり、糀が基本と言われています。昔は五感で仕事をしていましたが、今は機械が計ってくれるので、仕事は楽になりました。機械になればなるほど、作業としては楽にはなるけれど、それでも結局最後の出来栄えは、杜氏の技が決めるところにあります。そこに、杜氏の存在意義があります。
地元の人に愛される酒を造れれば、それが地酒になる
強みは良い酒を造ること。決まった酒の造り方はありません。地元の人々に好まれる酒を造れるかどうかが問題です。地元の人に愛される酒を造れるか。それが地酒です。敦賀酒造に行ったときには、辛口と甘口の2種類の酒を造っており、辛口は肉体労働者向けに出荷し、甘口はサラリーマン向けに販売していました。
最初に「辛口の酒ができないか?」と言われた時、辛口の作り方はよく分からなかったんです。ですが、実際に造っていく過程で、いろいろ記録していき、そうする中で、どのような造り方をすると辛口になるかが分かってきました。温度管理をしっかりすることで、味が造れるようになったんです。
以前は一時、辛口が流行りましたが、最近は甘口が増えていますね。ただ、その人それぞれの好みもあるので、一概には言えません。日本酒度が高いと、“きれいな酒”になっているはずです。
酒蔵見学で、日本酒に親しんでいただく工夫も
このところ、若い方を中心に日本酒離れの傾向が続いています。やはり、日本酒をもっと見直してほしいと思います。「国酒」といわれながら、情けないことになっています。
今の酒蔵では近くに名水がありまして、そこに来られた方がついでに酒蔵にも見学に来られることが多いです。作業中の見学は、その時の工程の進み具合によっては困る場合もありますが、営業も大事ですから、できるだけ営業優先で受け入れています。「おり」の状態によっては、あまり掻き混ぜないほうが良い時もあるんですが、日本酒をより深く知っていただくという意味で、体験を優先する場合もあります。
日本酒について、醗酵食品としての再評価も促進すべきではないかと思います。若い人が、最初から日本酒を飲むということは今後、なかなかないのでしょうが、もっと日本酒の良さをアピールして発信していかないといけません。
インタビュー:2011年3月